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東京高等裁判所 昭和23年(ネ)448号 判決

控訴人 原告 閉鎖機関横浜正金銀行

訴訟代理人 坂本吉勝

被控訴人 被告 山崎直 外一名

訴訟代理人 岡田実五郎

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人等は、被控訴人直において控訴人より金二十万五千二百七十円の支払を受けると同時に、控訴人に対し東京都中央区日本橋本石町一丁目四番の二所在木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗一棟建坪六坪二階七坪をその敷地九坪と共に明け渡し、且つ被控訴人直は、控訴人に対し昭和二十四年十二月十九日以降右敷地明渡済に至るまで、一ケ月金十一円二十五銭の割合による金員を支払え。

控訴人その余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用中第一審において生じた分は控訴人の負担、第二審において生じた分はこれを五分し、その一を被控訴人等その余を控訴人の各負担とする。

主文第二項第四項は金七万円の担保を立てることを条件として仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人等は控訴人に対し、主文掲記の建物より退去し、被控訴人直は右建物を収去してその敷地九坪を明け渡せ。被控訴人直は控訴人に対し、昭和十八年九月一日より昭和二十一年九月三十日まで一ケ月金七円二十八銭、同年十月一日より右敷地明渡済に至るまで一ケ月金十一円二十五銭の各割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、左の点を附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴人の主張

(一)被控訴人等は、控訴人が原審で主張した通り、本件土地占有につき賃借権その他正当なる権限を有せざるものであるが、仮に右主張が認められないものとしても、控訴人は、昭和二十三年十二月十八日付書面を以て被控訴人直に対し、万一本件土地の賃貸借契約が存続するものとすれば、控訴人は閉鎖機関令第十三条の規定に基き、右賃貸借契約を解除する旨通告し、右書面は即日同被控訴人に到達したので、爾後一年の経過により昭和二十四年十二月十八日限り賃貸借は終了し、被控訴人等は本件土地占有の権限を失うに至つたのである。(二)而して右事由は第一審の判決後に生じたものであるから、控訴人はこれを第一審において主張するに由なく、控訴人の故意又は重大なる過失に基いてその提出が遅れたのではない。又この主張によつて何等訴訟の完結を遅延せしめる恐はないのである。控訴人は、第一、二審を通じ、被控訴人等に本件土地を使用すべき正当の権限がないことを理由として所有権に基き土地の明渡を求めているのであつて、前記事実は、控訴審の段階において新に発生した一の攻撃方法としてこれを主張するに過ぎないから、この間控訴人に懈怠の責なき以上、右訴訟資料の提出を許さずとする理由はない。(二)閉鎖機関令第十三条は、閉鎖機関の特殊清算の目的を達成する為めに置かれた規定であつて、その適用を閉鎖機関が借主たる賃貸借に限定すべき根拠はなく、解約申入により爾後一年の経過と共に賃貸借は当然に終了し、借地人の継続使用に対し特に異議を述べなくとも、新に賃借権の発生する余地はないのである(控訴人が本件訴訟の遂行により被控訴人の土地使用に異議を述べていることはいうまでもないが)。又控訴人が特殊清算の必要上同令の規定に基き賃貸借を解除した以上、それ自体正当の理由があるものであつて、他に何等か明渡を求める理由を必要とするのではない。(三)借地法第四条の定める建物買取請求権は、賃貸借が期間満了により消滅した場合借地人に与えられる権利であつて、本件の如く法規に基く解約の場合には建物買取請求権の発生する余地はなく、被控訴人の買取請求の主張並びに留置権の抗弁は失当である。仮に右抗弁が認められる場合には、控訴人は代金の支払と引換に建物並びに敷地の引渡を求め且つ被控訴人直より本件土地使用に基く賃料相当額の利得の返還を求めるものである。

被控訴人等の主張

(一)控訴人より昭和二十三年十二月十八日被控訴人直に対し、閉鎖機関令第十三条に基く解約申入の意思表示が為されたことは認める。(二)然しながら控訴人は昭和二十三年十月三十日第一審で敗訴判決の言渡を受けるや、これに対し控訴申立をして時を稼ぎつつ、その間右の如く閉鎖機関令の規定を援用して解約の通知を為し、一年の経過をまつて昭和二十五年一月二十八日の本件口頭弁論期日に至り予備的主張として右解約の事実を主張するに至つたのである。以上の経過に照すも、かくの如きは訴訟の迅速処理を害すること甚しきものであり、時機に遅れた攻撃方法として却下せられるべきである。(三)控訴審において第一審で主張しない新な請求原因を追加することは、本来無条件には許されないところであつて、このことは民事訴訟法第三百七十七条第一項第三百八十二条第一項の各規定の趣旨並びに審級制度の精神に徴し明かである。しかるに控訴人は第一審では期間満了による賃貸借の終了を主張し、これが排斥されるや当審で新に前記契約解除なる予備的主張を為すに至つたのであるから、右主張は被控訴人の同意なき限り許さるべきではない。(四)閉鎖機関令第十三条の制定理由は、閉鎖機関の迅速なる清算結了を目的とするにあるけれども、同条は閉鎖機関が借主であつて借用中の土地又は建物が不用に帰した為め、これが返還を必要とする場合、賃貸借契約を解除して将来の賃料債務を免れうることを定めたものと見るべきである。従つて本件の如く閉鎖機関が賃貸人たる場合には同条の適用はない。(五)仮にそうでないとしても、同令は連合国最高司令部の要求に基き制定されたものではあるが、細目についてまで指令中に指示されている訳ではないから、指令の趣旨に反しない限り、一般国内法の適用が排除されるのではなく、借地法は原則としてその適用あるものと解する。ところで清算の速かなる結了の為めには、賃貸借の解除は必ずしも必要ではなく、閉鎖機関は所有宅地を借地権付のままで売却処分すれば足りるのである。閉鎖機関なるが故に借地権の負担を消滅させて、その宅地の交換価値を増加せしめねばならぬ理由は少しもない。それ故借地法第六条第二項の趣旨に基き、控訴人において被控訴人の借地継続使用に対し異議を述べる正当の理由がない限り、賃貸借は当然更新せらるべく、従つて被控訴人に対し本件建物の収去、土地明渡を求めることはできないのである。(六)本件土地は被控訴人直が多年適法に賃借し、建物を建設して自転車販売業を営み一家の生計を樹てて来たのである。控訴人は賃貸借を解除しなければならぬ特段の必要がないのに拘らず、本件土地の交換価値の増加を計らんが為め、名を特殊清算の遂行に藉り、閉鎖機関令第十三条の規定を楯に解約の申入をしたのであるから、右は解約権の濫用であり、法律上無効である。(七)仮に右解約申入が適法であるとすれば被控訴人直は控訴人に対し、借地法第四条の規定に基き本件地上に存する建物を時価を以て買い取るべきことを請求し(昭和二十五年四月二十二日の口頭弁論期日において)、右代金の支払あるまで留置権を行使して建物並びに敷地の明渡を拒むものである。よつて被控訴人等は本訴請求には応じ難い。

証拠として、控訴代理人は、甲第一ないし第七号証第八、九号証の各一、二を提出し、原審証人黒崎和夫、柴田利雄の各証言を援用し、乙第四号証の成立は不知、爾余の乙号各証の成立を認めると述べ、被控訴代理人は、乙第一ないし第三号証の各一、二第四号証第五号証を提出し、原審における被控訴本人山崎信一尋問の結果並びに当審における鑑定人伊藤晋一の鑑定の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

本件土地九坪を含む東京都中央区日本橋本石町一丁目四番の二宅地百八十一坪八合二勺が元訴外伊藤茂右衛門の所有にかかり、これが訴外株式会社金原銀行を経て昭和十七年九月三日訴外株式会社三菱銀行に、同銀行より昭和十九年四月七日控訴人株式会社正金銀行に、順次その所有権が移転せられ、その都度所有権取得登記を経由したこと、被控訴人直が本件土地九坪の上に控訴人主張の木造二階建店舗一棟を所有し、被控訴人信一は右建物に居住して各その敷地を占有していることは、本件各当事者間に争がない。而して当裁判所は原審と同様、原判決の挙示する証拠に基き、右伊藤茂右衛門と被控訴人直との間に成立した本件土地の賃貸借が順次その後の土地所有者に承継され、昭和十八年八月三十一日期間満了の際、賃貸人たる株式会社三菱銀行において土地の継続使用につき異議を述べなかつた為め、賃貸借は更新され、これが控訴人に承継されるに至つたものと認定したので、この部分につきここに原判決の理由を引用する。

次に、閉鎖機関に指定された控訴人が、昭和二十三年十二月十八日付即日到達の書面を以て被控訴人直に対し、閉鎖機関令第十三条の規定に基いて本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは被控訴人等の認めるところであるが、被控訴人等はかかる新なる事実の主張は時機に遅れ訴訟の完結を遅延せしめるものであるのみならず、控訴審における反訴提起の制限その他審級制度の精神に照すも、控訴審では相手方の同意なくしてこれを提出することは許されぬと主張するので、先づこの点につき判断する。控訴人は第一審においては本件土地の賃貸借は期間満了によつて終了し、被控訴人直の賃借権は消滅したものと信じ、それのみ主張したのであるが、その主張が容認されなかつたので、当審に至り予備的に閉鎖機関令第十三条に基く解約の申入を為し、これによつても賃貸借は終了したことを主張するものであるところ、右訴訟の経過に徴するも、控訴人が第一審において主張せずに当審においてかかる新なる攻撃方法を提出することにつき、控訴人に訴訟の遅延を計らんとする如き故意若くはその責に帰すべき重大なる過失があつたものとは断じ難く、且つその主張を許すことにより訴訟の完結が甚しく遅滞するものとも認めることはできない。而して控訴審は第一審の続審であり、第一審の弁論及び証拠調の結果に控訴審における新なる訴訟資料を加えて第一審の事実認定及び法律適用の当否を再審査する手続であり、訴訟の遅延防止の為め民事訴訟法第百三十九条第二百五十五条等による制限を受けざる限り、控訴審においても口頭弁論の終結に至るまで新資料の提出が許されることは多く説くまでもないから(同法第百三十七条第三百七十八条)、この点に関する被控訴人等の主張は固より失当である。よつて被控訴人等の前記主張は凡てこれを採用し難い。

次に閉鎖機関令第十三条は、閉鎖機関の迅速なる清算の結了を図る為め、閉鎖機関を当事者とする賃貸借で指定時に現存するものについては、賃貸借期間の定がある場合においても、特殊清算人は民法第六百十七条の規定により解約申入を為すことができる旨を規定し、特に閉鎖機関が賃借人たると賃貸人たるとその場合を区別していないのである。閉鎖機関が賃貸人たるときと雖も、解約によつて継続的なる法律関係の拘束より脱し、その所有不動産を換価処分する上の障碍を除去して、急速なる清算の遂行に資する必要のあることは明かであるから、同条の適用を閉鎖機関が賃借人たる場合に限定すべき理由はない。このことは同令制定に先き立ち一九四六年十月五日付を以て連合国最高司令部より日本国政府に対して発せられた「閉鎖機関対金融緊急措置に関する覚書」の第三項dに「閉鎖時に未履行の契約及び協定はすべて連合国最高司令官による別途の指示のない限り廃棄されたものと看做される」とあるによつても疑のないところである。右の如き同令の制定趣旨に鑑れば、特殊清算人が右規定に基き賃貸借を解除した以上、民法第六百十七条に定める一年の期間の経過により、賃貸借は当然に終了すべく、賃借人の土地継続使用に対し特殊清算人より遅滞なく異議を述べないときと雖も、賃貸借は更新されることなきものと解するを相当とする。土地に賃借権が附着し、地上に賃借人の所有建物が存するときは、土地所有者がこれを借地権付のままで相当対価を以て売却処分しようとしても、適当なる買手を求めることは事実上至難であり、為めに清算事務の進捗は阻害せられる結果となるので、特殊清算人が清算の必要上閉鎖機関令によつて与えられた解約権を行使し、賃貸土地の明渡を求めんとする場合には、借地法第六条の適用を見る余地はなく、右明渡の請求を為すにつき他の何等か特別の事由あることを必要とするものではない。これが為めに賃借人が各種の不利益を蒙ることがあつても止むを得ないところであつて、同令第十六条はこの場合各当事者は相手方に対し解約によつて生じた損害の賠償を請求することができないと規定しているのである。被控訴人等は控訴人の為した解約の申入は権利の濫用であつて法律上無効であると抗争するけれども、控訴人が事実上その必要がないのに拘らず、単に被控訴人等に損害を加える目的を以て右解約権を行使したような形跡はこれを窺い知ることはできないので、右主張は到底採用の限りではない。

しかるところ、借地法第四条が借地権消滅に際し借地人に対し地上建物の買取請求権を附与した所以は、期間満了等借地人の責に帰すべからざる事由によつて賃貸借が終了した場合、建物の除去によつて蒙るべき借地人の損失を避止すると共になお建物自体の社会経済上の効用を保全せんことを主眼とするのであるから、閉鎖機関令の規定に基き、未だ期間満了に至らざる賃貸借につき、特殊清算人が閉鎖機関の清算の便宜上一方的に解約権を行使して賃貸借を終了せしめた本件の如き場合には、借地人は賃貸人たる閉鎖機関に対し時価を以て地上建物を買い取るべきことを請求しうるものと解さなければならない。若し控訴人の主張の如くこれをすら否定すべきものとすれば、借地法第四条の立法の趣旨は全く失われ、且つ衡平の観念に反すること甚しい結果となるであろう。されば被控訴人直が昭和二十五年四月二十二日本件口頭弁論期日において為した建物買取請求の意思表示により、同人と控訴人との間には本件建物につき、時価を以てする売買が成立し、右建物はこれにより控訴人の所有に帰属したのであつて、この場合同被控訴人は民法第二百九十五条により売買代金の弁済を受けるまで目的物を留置してこれが引渡を拒みうべく、従つてその限度において建物の敷地をも占有する権限を有するものというべきである。(なお右の如く留置権の行使を認めても、特殊清算人は建物を土地と共に売却し、その売得金を以て建物代金の支払を為して留置権を消滅せしめることができるから、閉鎖機関令の所期する清算事務の迅速処理には何等支障なかるべき筈である。)かくて控訴人が前記閉鎖機関令の規定に基いて為した解約申入により、本件土地の賃貸借は昭和二十四年十二月十八日限り終了し、これが為め被控訴人直は本件土地占有の権限を失うに至つたのであるから、爾後同人が建物買取請求権を行使しこれに基き留置権の抗弁を提出するまでの間は、不法占有者として本件土地の相当賃料額たること当事者間に争なき一ケ月金十一円二十五銭の割合による損害金を控訴人に支払うべきものであり、右買取請求により、本件建物が控訴人の所有に帰する結果、被控訴人直はこれが収去の義務を免れるのであるが、控訴人より鑑定人伊藤晋一の鑑定によつて認められる時価相当の代金二十万五千二百七十円の提供あるときは、同時に留置権は消滅し、本件建物を敷地と共に控訴人に明け渡すべく、又控訴人直の家族として同居するにすぎない被控訴人信一もこれと共に右明渡を為すべき義務を負うのである。而して被控訴人直が昭和二十五年四月二十二日以降建物の代金支払を確保する為め、これを留置して引渡を拒み、その反射的効果として敷地の占有を継続している限り、これが不法占有に該らぬことは前段説示のとおりであるが、このことは直ちに被控訴人直において右敷地使用による実質的利益を収受すべき権利を有するものとするのではないから、同人が依然本件建物に居住してその敷地を使用することによつて収めつつある前記賃料相当の利得額は、その利得につき法律上の原因を欠くものとしてこれを土地所有者たる控訴人に返還すべきが至当である。

されば控訴人の被控訴人等に対する本訴請求は右認定の範囲においてこれを正当として認容し、その余は失当につきこれを棄却すべく、よつてこれと符合せざるに至つた原判決を変更し、民事訴訟法第九十六条第九十二条第九十三条第百九十六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長 判事 大江保直 判事 梅原松次郎 判事 奥野利一)

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